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フォトグラメトリーで相対変位を計測
宇宙空間でも精度を保つ構造物をめざす

宇宙航空研究開発機構(JAXA)様

日本でのロケット打ち上げや人工衛星開発のニュースでは必ず名前が挙げられるJAXA。設立は2003年、以前から宇宙開発を行っていた3機関が統合されて発足しました。内閣府・総務省・文部科学省・経済産業省が共同して所管する国立研究開発法人であり、日本の宇宙科学研究と技術の粋を集めた組織です。

本社・調布航空宇宙センター(東京都調布市)のほか、宇宙科学研究所がある相模原キャンパス(神奈川県相模原市)、ロケットエンジンの研究・開発を行っている角田宇宙センター(宮城県角田市)、人工衛星・探査機との通信を行う巨大なパラボラアンテナのある臼田宇宙空間観測所(長野県佐久市)など、全国に関連拠点があります。

これまで打ち上げた人工衛星の運用や、宇宙飛行士の育成を行っている筑波宇宙センター(茨城県つくば市)、ロケット打ち上げでたびたび映像が登場する種子島宇宙センター(鹿児島県熊毛郡南種子町)もJAXAが管轄する施設です。宇宙に興味がある方なら一度は行ってみたい場所ではないでしょうか。

JAXAの活動内容は宇宙開発関連だけに留まりません。宇宙の起源・生命誕生の謎を解明する研究や、環境と安全に配慮した航空技術の研究、宇宙航空分野の技術を向上させて産業競争力を上げる産学官連携など、基礎研究からビジネスに直結する活動まで幅広く行っています。

今回伺った宇宙科学研究所でも、さまざまな企業や教育・研究機関から研究者を集め、より高度な技術開発を究めると同時に将来の宇宙科学に貢献できる人材づくりに力を入れています。研究所内では、観測から宇宙の姿を捉える宇宙物理、宇宙航行に関わる宇宙飛翔工学、周辺領域にまたがる学際科学、工学技術につなげる宇宙機応用工学、太陽系空間が対象の太陽系科学の5つの研究系が設置されています。

日本の宇宙科学、それも最先端技術を駆使する研究開発の現場では「計測」がどのような意味を持つのか。宇宙飛翔工学研究系 准教授 石村康生さんにお話を伺いました。

石村康生さん

工学博士。宇宙機の構造システムの形状安定性に関する研究を進め、現在は地球を周回する人工衛星の構造開発に携わっている。宇宙科学研究所の准教授として後進を育成する役割も担う。

宇宙空間を想定した厳しい環境で何度も計測する

所属は宇宙飛翔工学研究系とのことですが、どんな研究をされているのですか。

この研究系では、主に宇宙航行に関わるシステムや宇宙輸送工学、宇宙構造・材料工学を扱っています。私が担当するのは地球を周回する人工衛星の構造研究です。

人工衛星は宇宙空間に飛ばす構造体で、打ち上げ振動に耐え,温度が様々に変化する厳しい環境でも「空間・面・搭載物の位置を維持する」ことが求められます。それも搭載するのはアンテナや観測機材など精密機器もあり,そこでは常にそれらを高精度で保ち続けなければいけません。

理想の一つはどんな環境でも変形やズレが起こらない、変わらない構造体です。変わらない構造体を作るためには「変わっているか、変わっていないか」を正確に検出する計測装置が要ります。だから構造体の形状を維持する技術を開発するのと並んで、正確に計測する技術や方法を探すのも大切な研究ポイントの一つです。

弊社の製品は、石村さんが携わる人工衛星のどの部分で使われていますか。

現在開発している人工衛星は長さ数mの両翼を持つ形状をしています。片翼は70cm四方のパネル3枚で構成され、打ち上げ時は折りたたんで収納されていますが軌道到着後に開き、一つながりで大きな平面アンテナになる仕様です。裏面は太陽電池を搭載して電力を生み出します。

太陽電池は0.5°や1°傾いたところで発電量には大きな影響がありません。しかしこのアンテナにとって1°のズレは致命的で、電波の波長にもよりますがまったく機能しなくなることもあります。宇宙空間でそのような事態にならないよう,地上で検証して対策するために、この平面アンテナの計測で使用しています。

開発段階ではまず、基本的な動作である展開状態で要求精度を満たすキレイな平面が出ているのか検証します。たとえまったく同じ条件で行ったとしても数値は必ず各回変わります。その前提で条件は変えずに収納状態と展開状態をくり返し、戻したときにどれくらい元からズレるのか、ズレは許容できる範囲なのかを計測するのです。見過ごせないズレであれば何が要因で発生するのかデータから分析し、形状や材質を変更するなど対策をとります。

宇宙航空研究開発機構(JAXA)様
左:熱変形の測定の様子、右:測定風景のイメージ例

宇宙空間を再現した環境でも計測は行うのですか。

基本的な動作での精度が定まったあと、条件を変えて計測します。たとえば振動試験を行う前後での数値を比較したり、熱真空環境にさらす前後での数値を比較したり、影響がある要因に対して,そのたびに計測・評価します。計測は1回きりではなく複数回行って評価するのが普通です。人工衛星も1つではなく、実際に宇宙に飛ばすフライト品のほかエンジニアリングモデルを作って両方で同じ実験をすることもあります。

宇宙空間は,直射日光が当たれば数百℃、陰になればマイナス数百℃にもなりえる環境です。製造時に熱変形しにくい材質を使うとはいえ、観測に影響する差が現れるのであれば覆いをつけて直射を避けたり、温度制御をしたり、いろんな方法で変形を防ぎます。これらの対策を練るにも計測による細かなデータが不可欠です。

展開形状の測定時の様子
展開形状の測定時の様子

求められる精度が上がるほど、計測技術も向上させなければいけませんね。

はい、求められる計測精度がどんどん上がっているのは事実だと思います。私たちにとっては大型の構造体を正確に測る技術とその精度が重要です。

大型の構造体に対して高い計測精度を実現するためには,床に固定した治具から距離を測定したり建屋内に基準点を設けたりする方法では注意が必要です.建屋自体が温度や湿度で伸び縮みするので、固定点がズレるとそれだけで正確性が損なわれるからです。基準点がズレてしまうとせっかく計測した数値を信じてよいのかわかりません。その点、フォトグラメトリーの原理を使って計測対象に基準点を設ける方法であれば相対的な数値で計測でき、基準点のズレを心配せずにすみます。

それでも1回の計測で完了ということはなく必ず複数回を検証し、平均値や変化の要因を探って求める精度へ近づけていきます。

動かない「基準」を作るのが究極の目標

検証は何回くらい行われるものなのですか。

ケースバイケースなので状態を限定しないと議論しにくいのですが、まず計測器自体がどれくらいの精度を持っているのか計測するのは共通です。性能試験用の供試体を複数回測り、計測器のクセとしてどのくらいバラツキがあるのか確かめて、私たちが行いたい試験で許容できるバラツキ範囲か判断します。

熱変形の評価の場合は,構造体に熱を加え,供試体の変形量を計測し、あらかじめ作成した熱分布の解析モデルと実際の数値がどれくらい違うか比較します。これまでの研究で弾き出した予測と実際の物で起こる現象の答え合わせを行うわけです。もし答えが合わないときは,計測結果も解析モデルも疑います。ほんとうに構造体が歪んでいるのか、温度計測の方法が正しいのか、解析モデルが正しいのか、あらゆる可能性が考えられるからです。

開発研究上では「これが絶対正しい」という基準点がどこにも存在しないのが難しいところです。計測して「この数値は正しい」と判断するには、「この条件下で計測した数値は信じてよい」という誰もが納得する根拠と確証が土台になります。開発や実験ではそのための下ごしらえの作業を含めて、何回も計測を行っています。

やはり開発は根気のいる作業なのですね。

私は教育者として学生を教える立場でもあります。そこでよく話すのは「こうなっているはずだ」ということだけで物事を進めるのではなく「こうなっているはずだと思ったことが、そうなっているか確かめる」というプロセスの大切さです。

計測器であればカタログスペックを見て「この条件下ならこの精度が出る」と書いてある。しかし私たちの基準で本当にスペック通りの結果が出るのかは、試してみなければわかりません。測定者、環境、対象物も違うことを加味して本当にそうだといえるのかどうか。仮説と合っていたら幸運です。でもそう判断するには、仮説と合っているかどうか確認するプロセスが必要です。これは計測以外でも言えることかもしれません。

工学の技術に関していえば,唯一無二の解があるとは限らないケースが多いと思っています。結果の捉え方は視点の違いで変わり、同じ性能や精度を出すにも手段はいろいろあります。数値は実験や検証で得られる情報の一つで、数値を見ながら「いろんなルートから山の登り方を模索する」のが研究者の仕事だと考えています。

求めるのは絶対的な精度ですが、そこに至る方法はいろいろあるのですね。

そうです。ただ求める以上は何かで違いはわかるはずなのです。「ここは熱変形をしてほしくない」という要求なら、観測結果でその部分に熱変形が入るとクオリティが落ちるとわかるということ。クオリティの落ち方がちゃんと検出できれば評価と対策はできます。

こういった差異を捉えようとするとき、絶対的な「ゼロ」といえる存在があると問題は一気に解決します。計測でたとえるなら動かない基準点に相当するものです。人工衛星でも「変わらない大型構造物」を原点に据えれば、「そこからどう変えるか」だけに集中して精度が高い開発が進められます。

研究者としては、こういった「不変の構造物」を作るのが究極の目的です。お話ししてきたように「それが正しいのか」を検証するには高い計測技術と分析のくり返しが必須で、絶対解はないかもしれない。でも究極の存在だからこそ、この先10年、20年かけてでも実現に近づけていきたいと思っています。

宇宙航空研究開発機構(JAXA)様

2003年10月に発足した、日本の航空宇宙開発政策を担う研究・開発機構。正式名称は国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(Japan Aerospace Exploration Agency)で、JAXAの略称で親しまれている。航空宇宙に関する文部科学省宇宙科学研究所 (ISAS)、独立行政法人航空宇宙技術研究所 (NAL)、特殊法人宇宙開発事業団 (NASDA)の3機関が前身。統合後はそれぞれの技術と研究結果を連携して開発を進めている。

【この事例で紹介された製品】DPA

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