・和歌山の文化財を非接触3Dスキャナで精密に造形、
博物館と連携して「お身代わり仏像」を制作
・活動は総務省ふるさとづくり大賞 団体表彰を受賞
和歌山県立和歌山工業高等学校は、1914年に県立工業学校として創立されました。
1948年に県立西浜工業学校と合併、1953年に今の校名に改称し、全国有数の大規模な公立工業高校として知られています。
2007年に新設された産業デザイン科は、デザインだけでなく「ものづくり」につなげる大切さを教え、地元の工業を支える人材を輩出しています。2009年からは3Dプリンタと非接触3Dスキャナを活用した授業を展開。主に3年生が参加する週1回の課題研究授業では校内実習に留まらない幅広い活動を行っています。
同校ならではの珍しい取り組みとして知られているのは、3D技術を使った文化財保護活動です。歴史ある寺社や文化遺産が多い和歌山県では、近年、仏像や神像の盗難被害が急増し頭を悩ませていました。そこで県立博物館と連携し始まったのが産業デザイン科による「お身代わり仏像」制作です。
産業デザイン科は以前から「さわれる文化財レプリカの制作」で視覚障がい者の方にやさしい「博物館展示品のユニバーサル化」などの活動実績があり、2012年より本格的に博物館・地域住民・学校が連携した「お身代わり仏像」事業が進められています。
この活動が評価され、2023年2月には総務省「令和4年度ふるさとづくり大賞団体表彰(総務大臣表彰)」を受賞。その活動をサポートしているのが東京貿易テクノシステムのカメラ式非接触3Dスキャナ「FLAREシステム」です。
活動の指導にあたっている児玉先生にお話を伺い、教育現場における「FLARE」の活用と「お身代わり仏像」事業について詳しくお聞きしました。
- 課題
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- 産業デザイン科を新設するにあたり、社会でも通用する新機材を導入したい
- できるだけ精密・正確に対象物(文化財)の形状データを作成したい
- 高校生に向けた教育でも役立つ機材にしたい
- 解決
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- 2007年の学科新設の際に3Dプリンタとともに5Mの非接触3Dスキャナを導入
- 2021年に12Mでスキャンできる新機種を導入、より精密な再現ができるように
- 授業での実習と文化財保護活動をあわせ、生徒のやりがいを育てる活動が可能に
産業デザイン科 科長 児玉幸宗さん
1994年より同校に赴任。電子機械科、インテリア科などの受け持ちを経て2007年の産業デザイン科新設時より同科の担任に。週1回行われる課題研究授業では3Dプリンタと「FLARE」の操作方法から生徒を指導、文化財保護活動の学校側責任者としても活動している。
和歌山の文化財と信仰を守る「お身代わり仏像」事業
総務省「令和4年度ふるさとづくり大賞団体表彰」の受賞おめでとうございます。学校では3D技術を使った文化財保護を行っているとのことですが、具体的にはどんな事業ですか。
和歌山県には「紀伊山地の霊場と参詣道」が2004年に世界遺産登録され、歴史ある高野山や熊野三山とともに、寺社や文化遺産がたくさん残されていて、集落には小さなお寺や神社も数多くあります。だからこそ観光地として非常に人気があるんですが、最近は文化財盗難が大きな問題になってきました。こういったお寺や神社の文化財は地域の過疎化や住民の高齢化により管理が困難で、盗難被害自体に気づかないケースもあります。
そこで県立博物館の学芸員さんが多発する盗難を何とかできないかと考えて、私たちの学校と連携して「お身代わり仏像」を作ると発表したのが活動のきっかけです。まず本物の仏像・神像を3Dスキャナで撮影して精密にデータを取り、3Dプリンタで造形して、本物と同じように着色する。できたレプリカを現地に奉納して本物は博物館で保管すれば、文化財の保護と信仰環境の維持が両立できると考えたんです。
もちろん「本物を拝まなければ意味がない」と思う方もいらっしゃいます。そこは学芸員さんが地域の皆さんと話し合って、承諾が出たら私たちに依頼が来ます。造形までは私たちで行い、着色は和歌山大学教育学部の美術専攻の学生さんに手伝ってもらったり、最近は近くの高校の美術部員の皆さんに助けてもらったりしています。
だいたい1年に2件ぐらい造形していますね。1件でもご本尊と脇侍(左右にある仏像)が組になっている場合があるので、この活動を始めた2012年から合計すると、現在までに9市町21カ所から依頼を受けて40体を制作しています。これらが「ふるさとをより良くする活動」を推進する今回の賞につながりました。
測定や造形の作業は生徒の皆さんが行っているのですか。
はい、課題研究は3年生からの選択授業なので毎年4月に新しい生徒が3Dモデリング班を選択し入ってきます。だいたい5月のGW前までに「FLARE」の基本的な使い方とモデリングソフトの操作方法を教えて、GW明けには本物をスキャンする造形作業に入ります。
私たちは文化財を直に触ることができないので、スキャン時は学芸員さんに協力してもらいます。小型の像であれば学校に持ってきてもらい「FLARE」で撮影して、そのときに「ちょっと横にしてください」「裏を見せてください」とお願いしながら必要な部分を撮っていきます。撮影角度を判断して指示を出すのは生徒たちです。
モデリングと修正作業も生徒たちが行います。実物をお借りできるときは実物を見ながら、そうでないときは自分たちがスマホで撮った写真を見ながら細かいところまで修正します。
例えば耳たぶに空いている穴、脇の黒ずんだ部分などはデータに残りにくいので、詳細に観察してデータに落とし込まないといけません。彼らのスマホのアルバムは仏像の写真でいっぱいだと思いますよ(笑)
大きな像にもチャレンジしているのですか。
そうですね、以前180cmの十一面観音立像をスキャンしたときは、機材と生徒を私のバンに乗せて博物館まで行きました。この場合は像を回せないので、私たちがスキャナ用パソコンを台車に載せて像の周りをグルグル回って撮影するしかありません。どのくらいの測定範囲と測定角度で動かせばうまく撮れるのか、みんなで練習しました。
「いかに正確に対象物の状態をデータ化するか」が目標
学校でカメラ式非接触3Dスキャナを使うのは珍しいと思いますが、導入したきっかけは?
2007年に産業デザイン科が新設される際、この機会に新しく最新技術の目玉となる機材を入れたいと考えたからです。県からの予算も見込めたので2009年に3Dプリンタと非接触3Dスキャナを導入しました。その後はリースで使用しているので、新機材の更新も購入よりはハードルが低く済んでいるかもしれません。
性能を考えて2016年、2021年に機材を更新しました。2021年に入れたのが「FLARE Standard」です。前の機種の解像度は5Mでしたが、新機種では12Mを選びました。業界の主流が12Mに移っていますし、処理するPCのスペックも問題ないと思ったからです。レンズは200mmと500mmを揃えて生徒が授業で使っています。データ修正用の3Dモデリングソフトも十数台分入れているので、こういった最先端の環境で教えられるのは本当にありがたいです。
「FLARE」に替えたときの感想はいかがでしたか。
「非常にきれいに速く撮れるな」と思いましたね。また、以前の機種に比べて機械的な駆動部がなく、とても静かに動きます。解像度が倍になっているのにスキャン時間は5Mとあまり変わりません。
製造の現場でスキャンする場合と違って、私たちの目標は「いかにその文化財の細部まで再現できるか」です。対象物は朽ちた像であり、数百年以上にわたる経過や傷を持ったものならちゃんと「数百年以上にわたる経過や傷を持った像」の再現が求められます。
仏様の螺髪のボコボコ感、色がかすれて木目が出たところ、表面のザラザラ感や小さなトゲ、欠けを含めた微妙な曲面、それらを再現するきれいなデータが取れるかどうか。だから初めて12Mの「FLARE」でスキャンしたときは正確さと美しさに驚きました。
基準点(測定データの合わせに使用する専用シール)がなくても対象物の計測が正確に行えるのも便利です。文化財は触ることが難しいので、専用の治具+基準点を準備しなくても撮影だけでデータが取れるのはありがたいです。
教育のツールとしても役立っている「FLARE」
高校生の皆さんが3Dスキャナを使いこなしているお話は新鮮でした。
授業の初期は自分の顔をスキャンして制御ソフトに書き出してもらいます。3Dモデリングソフトでデータを読み込んで画面に出したときはみんな爆笑ですよ。そこから目を大きくしたり鼻を高くしたり、操作しながらデータの扱い方を覚えていきます。
他の選択授業は「グラフィックデザイン」や「LINEスタンプの制作」だったりするので、3Dモデリング班の「お身代わり仏像」の制作はかなり地味だと思われています。でもスキャンした像がリアルで美しいデータになったとき、造形・着色して本物そっくりになったときはみんな感動するようです。
それに、作った像をお寺や神社に奉納するときは、地元の皆さんが集まって魂入れやお祓いの儀式を行ってくださいます。参加した生徒は「これだけの皆さんが喜んでくれるのか」と実感するので、大きなやりがいや達成感を生んでいるのではないでしょうか。
特に年配の方からすると、孫のような高校生が地元の文化財に対して真心を込めて扱ってくれるわけで、とても喜んでくださいますね。きっかけは「お身代わり仏像」の制作ですが、始めてみると世代や地域をつなぐ活動としても教育効果があると感じています。
活動を知った地元企業からリバースエンジニアリングの相談をされたり、見学に来た企業が3Dスキャナを導入したり、生徒だけでなく地元産業にも役立つ面白い活動になっていると思います。
産業デザイン科3年生の皆さんの声
Yさん/Tさん:3Dスキャナに触ったのは入学してからです。スキャン後のデータを初めて見たときは結構リアルに再現されていたのでびっくりしました。これからは植物や魚を測ってみたら面白いのではと思います。
Uさん/Yさん:細かな部分を撮る操作を覚えるのは難しいのですが、うまくデータが取れたときは嬉しいです。作った現物ができあがったときも達成感があります。これからは西洋の彫刻や、食品を撮ってみても楽しそうです。
児玉先生:先日、初めて重要文化財をスキャンする機会がありました。今度は国宝にもチャレンジしてみたいですね。
和歌山県立和歌山工業高等学校様
1914年に県立工業学校として創立。1948年に県立西浜工業学校と合併、1953年に現在の校名へと改称し、全国でも有数の大規模な公立工業高校として知られている。現在は全日制7学科(建築・機械・電気・土木・創造技術・化学技術・産業デザイン)、定時制2学科(建築・機械電気)があり、全日制では3学年9クラスを構成。産業デザイン科では2009年から3D技術を使った授業と地域貢献活動を始め、2023年2月には総務省から「令和4年度ふるさとづくり大賞団体表彰(総務大臣表彰)」を受けた。
【この事例で紹介された製品】FLARE